野点BLOG
美術家、きむらとしろうじんじんによる「野点(のだて)」が2年ぶりに新世界・西成エリアに帰ってきます!このブログでは、今年秋の野点開催に向けて準備の様子を日々アップしていきます。
12月22日 「野点」反省会
- 2007/12/24
- category: サポートスタッフレポート
久しぶりのエントリーです。
よろしくお願い申し上げます。12月22日は、主にサポートスタッフが集まっての、
新世界・西成地区「野点」の反省会が行われました。
「反省会」の後は、いつも「野点」本番の打ち上げで、
すっかりお世話になっていた韓国料理屋さん(キムチがとても美味しい)にての飲み会という二部構成。
改装中で、お店をいったん閉めているにもかかわらず、
わざわざ、今回のために、お店を開けてくださったとのことです。
飲み会は、すごい熱気。
みんながみんな、熱く語っている。
和気あいあいにみえながらも、みな、目が真剣だった。
何なんだあれは。何がそうさせるのだろうか。
「野点」本番中にも、その日の終了後、
毎回その都度サポートスタッフを交えて
打ち上げが行われていました。そのときは、
さすがに一日仕事を終えたという、疲れの色をみせつつも、
終了直後の独特のテンションで盛り上がっていました。
どちらかというと、最終日なんかは特に、「バカ騒ぎ」に
近かったのかもしれない。
こんな風に書いてしまうと、すこし気分が悪くなってしまう
かも…けれども、そのために「反省会」はある、と考える。
その分、今日はみなが自身の「思い」を語り合う
そんな場になっていました。
独特の熱気です。ブログの文章で伝えるのはちょっと難しい。
しかし、そんななか、このブログを書いている当の自分は、
すっかり傍観者の位置にいました。
ただただ圧倒されるばかりで…
何をしているんだ。ちきしょう。くやしい。
なぜなのか。
僕が、しゃべりのテンポが半歩遅くて、
会話の流れに上手く乗れていなかったからなのか。
それとも、いちばん端っこの席にいたからなのか。
そうなのかもしれない。
けれども、そんなのはすべて、ただの言い訳だ。
傍観者は傍観者だ。
傍観者は、学校内でのいじめを生みだす「張本人」だ。
「われ関せず」とはいいながらも、ずっといじめに関与し
続けている。いじめはよくないと思いつつも、何もできない、
そんな「関与者」だ。
全然「野点」とは関係のない話。すみません。
閑話休題
しかし、だから僕も喋ります。ブログで。
ブログは傍観者にも語りの機会を与えてくれる、良いツールです。
最近、そう思うようになりました。
いや、勝手な思い込みなんですけど。
許してください。まだ少しお酒が残っているみたいです。
みっともない。
反省会では、いろんな論点がみえてきた回だったと思うので、
すべてについて全部触れるのは、
それだけで、かなりの分量になってしまいます。
(H.”Kylin”Asadaさんのとても優れたレポートにて、
この日の論点は整理されています)
だから、僕の関心に寄せた論点だけを少し…
僕は、「野点」という場が、その土地その土地で
どのようにして受け入れられたのか、というところにずっと
興味をもってきました。
どうして「野点」の現場が成り立つのか、という疑問です。
今回の反省会、個人的に「愛憎」という言葉がいちばん印象に残りました。
じんじんさんは、他の繁華街での「野点」の現場での事例を
比較しながら、新世界・西成の独特の土地の雰囲気を語られました。
土地に対して、いろんな立場の人たちが、いろんな複雑な思いを持っている、という話。
そこで、どのようにして場所の交渉、挨拶まわりをしていくのか。
これまでこのブログでも、その一端が示されてきました。
この場所は、人びとの「愛憎」が、とくに強烈に前面に出てくる。
どんな立場の人であろうとも、地べたにはりついて土地の
匂いを感じ取る、そんな感覚。
単なる愛着では済まされない日常。
それだけに、場所の交渉、挨拶まわりなど、
準備の段階で、こつこつとやっていかないといけない。
僕が印象に残っているのが、初日の南海一本線跡での「野点」でした。
「(ここにおった)猫はどこに追い出したんや?!」というおっちゃんの声。
コンクリートの地面に、干乾びたネズミの死骸。
風下にいると、ちょっとしょんべんくさい。
「こんなところでお茶会ができるのか?」と、心のどこかで不安がる自分。
複雑な歴史と記憶が折り重なりあい、しばしばいがみあい、
時間を経てきた場所。
一本線跡は、南海電車が廃線となり、平成の時代に入って、
いったんは公園として整備されながらも、やがてフェンスで
覆われてしまい、放置されてきた場所でした。
開催地を選び、交渉する過程で、
新世界・西成では、「誰が怒っているのか、すぐわかる」
と、じんじんさんが言ってはりましたが、
その、「すぐわかる」ようになるまでが、とても大変な道のり
だと思うのです。
関与し続けないとぜったいに出てこないその言葉。
反省会の場で、僕の口から言えればよかったのですが、
言えなかったので、この場をおかりして、言います。
それってやっぱりすごいことで、大変なことですよ。
僕はこれまで、新世界・西成の地域に対して、
なるべく、ステレオタイプ的な先入観を排して書いていこうと
考えてきました。
なので、地域をめぐる人びとの「愛憎」という言葉には、
今回の「野点」のサポートスタッフをする以前の
これまでの自分だったならば、嫌悪感すら抱いていたかも
しれません。
でもそれは、僕自身がなるべく客観的な立場で
物事を眺めていようとしていた、構えの現れなのだと知りました。
だって、そんなこと言いつつも、「こんなところでお茶会ができるのか?」
と思っていたのは他でもない、この自分です。
とても失礼なことを書いているような気がして、申し訳ないし、
自己嫌悪に陥りそうですが、どう表現すればいいのかわからない。
しかし、それだけに「愛憎」という言葉は、
地道に地域の人びとと接してこられた、じんじんさんや、
スタッフの皆さんだからこそ、
直感的に感じられる言葉なのかも・・という気がしました。
みなさん、本当にお疲れ様でした。
今回、サポートスタッフという形で関わらせていただき、
新鮮な感覚を得ることができました。
ありがとうございました。
また是非、この場所にもどってきてください。
気がつけば、中途半端に長いエントリーになってしまいました。
最後まで読んできてくださった方、どうもありがとうございました。
(なお、左上の写真は、本文中の内容とはとくに関係ございません)
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